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2012/06/15

昭和初期の美人女優・水久保澄子 / 星玲子

 

Mizukubo1223a_2 水久保澄子(みずくぼ すみこ)

大正5(1916)年、東京生まれ。松竹楽劇部から松竹蒲田入り、『蝕める春』(成瀬巳喜男監督/昭和7年)でデビュー。『風の中の処女』(島津保次郎監督/昭和7年)『チョコレートガール』(成瀬巳喜男監督/昭和7年)等で忽ち人気者に。昭和11年日活に転社したが、冴えず、自殺未遂事件で映画界を追放された。医学生との結婚に失敗。神戸でダンサーに。以後は消息不明。もう生きてはいないだろうという。Mizukubo1223c_2

 

当時、水久保澄子さんは美人で可愛くて人気だった。マキノ雅弘監督、片岡千恵蔵さんが、彼女のファンだったという。

最初に「日本映画人名事典・女優篇」(キネマ旬報社)の訂正から。

水久保の項で〈フィリピン人との国際結婚のトラブルから・鎮静剤のカルモティンを多量に服用、自殺未遂事件と騒がれて〉とあるが、当時の報道等から見て、“自殺未遂”事件の原因は寧ろ家庭の事情。結婚・離婚のいざこざは、その後の出来事である。

水久保澄子さんの蒲田入りは逢初夢子さnの付録だったが、映画に出るとミミ人気が独走。「嵐の中の処女」(島津保次郎・昭和7年)で、思春期の少女のデリケートな心理を好演して(地だろうが)、一躍、15歳の思春期アイドル・スター誕生となる。ファンより先に映画人が彼女に魅了された。蒲田スタジオマンはもちろん、京都でも片岡千恵蔵さんは水久保ファンを公言、マキノ正博氏に至っては、野村芳亭氏に頼んでサイン入りプロマイドを手に入れ、朝晩礼拝しているというゴシップ。そんな人気者も、一家の生計を背負って、トラブル続きで、“転落の詩集”を辿る。評論家の筈見恒夫氏が戦時下の上海のホテルで見かけた彼女は、かっての初々しい少女が妖艶に変身していたという。戦後、フィリピンに残した子供が母親探しに来日したが、名乗り出た者はいなかった。(田中眞澄)

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松竹映画『大学の若旦那太平楽』(昭和8年・清水宏監督)に出演の水久保澄子さん。左は光川京子さん。       

戦前の水着女優。いちばん右が水久保澄子さん。

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星玲子(ほし れいこ)

大正4(1915)年、東京下谷生まれ。ダンスホールから菊五郎氏の引きで日活太秦へ。『大地に立つ』(内田叶夢監督・昭和7年)でデビュー。『受難華』(山本嘉次郎監督・昭和7年)のような大作もあるが、殆どは二線級の主演に低迷。名実ともにスタアになったのは一連の小唄映画から。昭和14年退社、引退。夫はプロデューサー・マキノ満男氏。姪に星美智子さんがいる。星玲子さん、綺麗ですねぇheart04。千葉早智子さんといい、逢初夢子さんといい、水久保澄子さんといい、入江たか子さんといい、そして星玲子さん・・昭和初期でも美人の女優さんが多くいるのには感心させられる。

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緑の地平線 昭和10年10月日活公開 阿部豊監督 

左から星玲子さん、原節子さん、伊沢一郎さん

“第二の入江たか子”なる触れ込みで出発した割には低迷が続いていた彼女。其処へ転がり込んだ歌謡映画「緑の地平線」(阿部豊監督・昭和10年)の主役。水久保澄子さんの代役だった。主題歌は楠木繁雄氏(「人生劇場」)。以後、楠木氏の「女の階段」、美ち奴の「ウチの女房にゃ髭がある」「あゝそれなのに」・・・の各々“映画化”に、主に杉狂児さんと組んで連続登板。一躍スタアとなった。

 

『二人は若い』(映画化題名は「あなたと呼べば)のレコードをかければ、星嬢の唄声が聴ける。 あとは知らない 二人は若い (丹野達弥)

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戦前の日活で活躍した星玲子さんは大正5年の東京生まれ。和泉橋ダンスホールでダンサーをつとめていたが、昭和7年、六代目菊五郎氏の紹介で日活へ入社した。デビュー作「大地に立つ」で小杉勇さんの相手役に起用され、“第二の入江たか子”として幸運なスタートを切ったが、その後はもっぱらB級作品のみで、人気はもう一つパッとしなかった。鈴木伝明さんの「見染められた青年」と、江川宇礼雄さんの「男のまごころ」の相手役が目ぼしい役で、二線級女優の地位に甘んじていた。

彼女が第一線に進出したのは昭和10年、阿部豊のヒット作「緑の地平線」で、自殺未遂事件を起こした水久保澄子さんの代役に選ばれ、岡譲二さん・中田弘二さんと共演したのだった。そのころ、多摩川撮影所企画部長マキノ満男氏と結婚。「純情一座」や「ジャズの街かど」にもヒロインを好演。日活になくてはならぬ看板女優となった。その後、「あなたと呼べば」「ウチの女房にゃ髭がある」といった家庭喜劇に杉狂児とコンビを組み、溌剌たる新境地を開拓した。 

「女の階級」「時代の霧」「子は誰のもの」などに江川宇礼雄さんと共演。「丹下左膳・日光の巻」の櫛巻お藤、「忠臣蔵」の瑤泉院に応援したのち、昭和14年に時代劇に転向。池田富保監督「王政復古」の寺田屋お竜が印象に残る。マキノ満男氏の満映入りと同時に引退。内助の功で知られる。

(未来社/戦前日本篇・映画俳優事典より引用しました)

星玲子さん、かわいいですねheart04

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